プリンの作り方

「あの店員、どう思う?」  私はメニューから目を上げて、右に座る片岡の顔を見て、次にその目線の先に目を向けた。2つ先のテーブルでは店員が前の客の皿を、自身の手に持つお盆の上に重ねているところだった。私は片岡の質問の意図を考える。特段何の印象も持たなかった、所作に不審な点があるわけでもない。強いて言えば、仕事が楽しくて仕方がないという顔はしていないな、と思った。  特に何も、と返そうとしたところで「可愛いと思わない?」と聞かれた。私は先程のまじまじとした見方から、もう少し恥じらうようにー―それは相手に対して自分の審美感を照らし合わせるというとても下衆な行為であることを自覚的に、チラチラと眺めた。確かに、整っていると思ったが、それ以上に、眼が何だか怖いな、と思った。それは仕事が楽しくて仕方がない顔とは遠い眼である。  うん、まぁそうかもね、といつものように歯切れの悪い答えを返す。他人を自分の物差しではかるのはいつも気が引ける。

 ここはパスタを主体としたレストランだ。私は昔からここのデザートのプリンがとても好きだった。クリームを感じさせる甘さと舌触りであり、普段のコンビニのプリンとは大きな断絶があり、時折食べに来る。パスタ自体は特筆するものはないが、無難な味だ。私はよくペペロンチーノを頼む。  先ほどの店員を呼び、注文を済ませる。私はいつもどおりペペロンチーノを頼んだ。二人は、クリームパスタとナポリタンだった。

「そういう感覚ってあんまり無いんだよね。」  そう言ったのは、私の前に座る江口だった。一瞬何の話かと思ったが、先ほどの店員の話をしているらしい。 「こういう外で、他人の顔を見たり判断したりすると疲れないかな。外の世界ってただでさえ情報量が多いのに、そこまで解像度高く見ようとすると処理しきれないよ」  江口の表現はしばしば面白い。そして私にとても近いものだった、私も学生時代知人とすれ違っても全く気づかないことが多かった。私もまた周囲をただの風景としてしか捉えず、解像度が低いのだろう。ドット絵の世界と、PSVRの世界(私は予約に失敗した)。 「むしろそういうことを見るために外を歩いていると思うんだけどな。相変わらずよく分からん表現をするな」  世界を私とは違うように捉える片岡はそう言って、スマホに目を落とした。

 パスタはいつも通り、無難な味だった。食べ終わった辺りでドット絵の店員がプリンを持ってくる。  店員が去った後、やっぱり可愛いと思うんだよな、凄くパスタ屋の店員という感じがすると片岡は言った。  一方、私はプリンに目を落とす。プリンはプラスチックのカップに蓋付きで入っている。私は蓋を外して、スプーンでひとすくいする。一部が削り取られたプリンの断面はなめらかで、コンビニに置いてある100円のプリンとは最早違う食べ物であることを視覚的に表現していた。一体どうやって作っているのだろうか、私はここのプリンの製法はもとより、普通のプリンの一般的製法すら知らなかった。茶碗蒸しのように蒸しているのだろうか?それとも、何か凝固剤のようなもので型に入れて固めているのだろうか。よくよく眺めて、何も知らない中で考えても何も分からないが、私は考えてしまう。

「やっぱりここのプリンは美味いな。一体どうやって作ってるんだろうな」  いつの間にか半分以上食べていた片岡が言った。 「そうだね」  江口も言った。  ほんとそうだね。考えちゃうよね。