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青い鳥と管理された生活

仕事を終えて、電車に乗った。金曜日の夜は電車がいつもより空いている気がする。きっと皆飲みに行ったりするのだろう。 いつもなら座れない座席に座り、何となくスマホを取り出す。これはただの習慣だ。いつもだったら、そこからホーム画面の青い鳥のアイコンをタップし、ダラダラとタイムラインを眺める。 ただ、青い鳥はもうそこには無い。新年にアンインストールした。私はスマホをポケットに仕舞い、代わりに本を取り出した。

最近、色々とやりたいことが増えてきた。とても良い傾向だなと思っている。ただ、その分時間が足りないとも同時に思った。 限られたリソースの中で、自分のやりたいことを達成するためには管理が必要だなと考えている。方法論は色々あると思うが、自分に慣れ親しんだ方法を用いようと思った。

私はボードゲームが好きだ。ボードゲームの種類の一つとして、ワーカープレイスメントゲームが存在する。 これは自分が労働者を雇い、労働者に特定の行動を取らせ、最終的な利益を獲得するということをテーマとしたゲームで、有名所としてアグリコラストーンエイジ、ナショナルエコノミーなどがある。 このタイプのゲームの勘所は最終的な目標に対して、労働者の行動の価値を最大化を意識すること。

今回労働者とは私自身となる、私自身を自分の達成したい目標に適切に割り振ることを意識する。 適切な割り振りに必要なのは、自分の所持しているリソースとどの程度のリソースを割り振ると目標が達成可能なのか、ということだ。 例えば、ボードゲームなら労働者3人、3人が3ターン働いて達成可能な目標なら、その目標のコストは9ということになる。

現実に置き換えると、私の持つリソースは24時間。ここから睡眠時間や労働時間や、過去の実績から遊びに行く頻度などを計算すると自分の一ヶ月の割当可能な時間が分かる。

目標達成のコストの計算は以下のように計算した。 新年にやりたいこと、今年中に達成したいことをリストアップしてエクセルにまとめてみた。大きく10個くらい、ランニングで年間1000km走る、Pythonを習得する、年間で40冊本を読む、株について勉強をするetc そのまま、やりたいこと一覧の横に1月から12月までのセルを作り、そこに各月ごとの達成目標を記載する。ランニングなら90km、Pythonなら現在読んでいる本の読了、読書は4冊……。 そこから、項目の達成に必要な時間を見積もる。ランニング90kmなら1回8kmとして、月12回。一回に準備を含めたら1時間くらい。 読書なら本が一冊300ページとすると、月に1200ページ。文庫本なら大体1ページを30秒、重い本で1分くらいで読むので、平均45秒とすると、54000秒かかる。15時間。 他の項目についても月にかかる時間を見積もる。 見積もった数字には見積もり誤差として50%を上乗せする。これは実際に行うと、想定時間の1.5倍にまで膨らむということ。経験則で付加している。

これで、各目標の達成に必要な時間が計算できた。

自分の割当可能時間と目標達成に必要な時間を比較すると、何とかこなせなくはないように見えた。 しかし、これはあくまで見積もりで不確定な要素は大量にある。バッファは必要だ。適当な数値だが、自由時間の40%~50%くらいの時間で達成できるのが望ましいと思った。

ここまで計算した中で、変更可能な数値と変更不可能な数値を検討する。基本的に計画段階でかかるコストを変更しようとすると、実際の運用時に上手くいかない、変更が必要なのは目標値であることがほとんどだ。例えば、本を読む量は変更可能だが、本を読む速度は変更不可能だ。

では、目標値を下げずに達成に近づけたい場合に取れる行動は何か。

ここでもボードゲームに対する考え方のフレームワークを利用する。ボードゲームでは盤面に応じた最適手を検討する際にどう考えるか。 一番大事なのは、何が最も良いかを考えずに、「何が最も悪いか」を考えることだ。最適手の検討は複雑だが、最悪手の検討は明確であることが多い。それは何故かというと、完全な最適手はゲームバランスを崩壊させる(安定行動しか存在しないものは最早ゲームになっていない)が、最悪手はゲームバランスに影響を与えないため(いくつかの選択肢が利用不可でもゲームの面白さへの影響は少ない)。 つまり、必要なことではなく不要なものを考える。

私の中でそれが今回のTwitterだった。あの青い鳥は私から無限の時間を奪い取る。青い鳥は幸せの象徴ではなく、追い求める無駄な時間だったというわけだ。

私の乗った電車が私の最寄り駅に着く。時間として、45分。ページ数で70ページを読んでいた。 私はそのまま家に帰り、部屋につくとスリープ状態のPCを復帰させ、エクセルを立ち上げる。そ こに読んだページ数と経過時間を記録して、今日もまたちゃんとこなしたな、と満足するのである。