2017/10/10:強烈な心の声

心の声

自分を力強く信じる能力に不足している僕らは、行動に対して何らかの理由を求め続けています。
それは、仕事にしろ、食事にしろ、睡眠にしろ、娯楽にしろ、交友にしろ。
「それって何のため?意味あるの?」という心の声がします。
無根拠に正しいと断言する力の不足のため、何らかの理由や目的を欲しています。

残念なことに多くの場合、その目的を発見することはできません。
それは単なる視野狭窄という面も多々ありますが、目の悪い人が遠くが見えないように本人の中ではそれが正しい世界となっています。

信念と目的がなければ、やらない理由というのもまた別にないもので、惰性と外圧により多くをこなします。
そして、世界はそんなもんだから、やらなきゃいけないからやるんだよ、とニヒルに構え、世界をバカにしながら生きていくようになります。

そんな自分が古今東西・デジタルアナログ問わずゲームが好きなのは、上記性向を解消したいという欲求の現れだと認識しています。
ゲームという世界では分かりやすい役割と目的が与えられます。
滅んだ世界に存在するクランのリーダーがクランの発展の役割を与えられたり、
イカとしてナワバリバトルに励んだり、
ファンタジーの世界で城を守ったり。

そこには今の自分が求めている、役割と目的が与えられます。
欲してやまなかった、役割と目的が与えられた時、自分はその目的遂行のために全力を尽くします。
そして、自分の行動には得点や勝敗という分かりやすいフィードバックが与えられ、
誰も理解してくれなかった自分の考えというものを、正しく成否判定してくれるわけです。

そりゃ、夢中になりますよ。